大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和31年(行)12号 判決 1956年9月24日

原告 河合文男

被告 大阪国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が昭和三〇年七月二七日別紙目録記載の不動産に対してなした滞納処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

別紙目録記載の物件は原告の所有であるが、被告は、原告が解散した医療法人河合会の残余財産の引渡を受けたと称して、河合会の昭和二九年度の滞納法人税徴収のため、昭和三〇年七月二七日本件物件に対して滞納処分をした。そこで原告は右処分を不服として、昭和三〇年八月九日被告に対して審査請求をしたところ、被告はこれを棄却し同三一年二月五日右決定は原告に送達された。しかしながら、前記滞納処分は次に述べるような理由で違法である。

すなわち、河合会は医療法に基き昭和二七年三月三一日設立認可があり同年四月一日認可書の送達があつた財団形態の医療法人である。財団形態の医療法人が、その設立に際して寄附行為者から財産の提供を受けたとして、高率の相続税を賦課されると、その存立の基礎を失うこととなり、かくては医療法が国民の保健上の見地から私人の病院建設を促進し、医療施設の完備、充実を計るため医療法人の制度を設けた趣旨にもとることになるので、原告は医療法人に対しては相続税の賦課がないものと考え、又厚生省の係官においても医療法人には相続税を課されたことがない旨言明してその設立を勧誘していた関係から、原告は河合会の設立に際し寄附行為により原告から河合会に提供する財産については相続税の賦課がないものと信じ、河合会設立のため昭和二七年一月五日寄附行為により本件物件を提供した次第である。ところがその後昭和二七年四月法律第五五号により相続税法が改正され、同年一月一日にさかのぼつて医療法人に相続税が賦課されることになつた結果、河合会は金一、八六六、四九〇円の相続税を賦課されることとなつた。もとより原告は河合会に相続税が賦課されるならば、前記の寄附行為をしなかつたのであるから、原告は河合会に対して相続税が賦課されるのに拘らず、賦課されないものと誤信し、右誤信に基き本件寄附行為をしたことになるから、右寄附行為は要素に錯誤があり無効である。従つて寄附行為の対象である本件物件は原告から河合会に一度も移転したことがないことになるから、河合会の解散の結果原告が河合会より本件物件の分配を受けたものとしてなした被告の本件物件に対する滞納処分は無効である。

仮に右主張が理由がないとしても、医療法人には本件寄附行為当時相続税の課税がなされなかつたのに、その後前記のように相続税が賦課されるという事情の変更があり、右事情の変更は原告においてこれを予見しなかつたし、又予見し得る性質のものでなかつたから、本件寄附行為の効果をその侭存続させることは著しく信義に反することとなる。よつて原告は昭和二九年六月右事情の変更を理由として本件寄附行為を撤回し、河合会から本件物件の返還を受けたもので、被告主張のように河合会の解散の結果本件物件の分配を受けたものでない。従つて被告の本件物件に対する滞納処分は無効である。

以上のように述べ、

被告の答弁に対して、国税庁長官が被告主張のような通達をしたこと、原告が右通達の趣旨に従い河合会の解散手続をし、その旨の登記を了したこと、茨木税務署長が河合会に対し相続税を課さないことに更正決定をしたことはいずれも争わないが、前記国税庁長官の通達は、相続税賦課に対する全国の医療法人からの非難にかんがみ大蔵省当局においてその課税の非をさとつた結果採られた処置であつて、このことは、寄附行為者が医療法人に対する課税を如何に重大視していたかを物語るものであり、原告の主張の正当性を裏付ける有力な資料となるものである。又河合会の解散及びその登記は、河合会に対し相続税の賦課を受けないため、原告において前記通達に従い形式上採つた手続に過ぎないもので、実際河合会が解散したものではないと述べた。

(立証省略)

被告は主文と同趣旨の判決を求め、答弁として、

原告主張の事実中原告が現在本件物件の所有者であること、被告が原告において解散した医療法人河合会の残余財産の引渡を受けたとしてその主張の日本件物件に対して滞納処分をしたこと、原告がこれを不服として、その主張の日被告に対して審査請求をしたこと、被告がこれに対し棄却の決定をし、右決定は原告主張の日原告に送達されたこと、河合会は医療法により昭和二七年三月三一日設立認可のあつた財団形態の医療法人であること、原告は河合会設立に際し昭和二七年一月五日寄附行為により同法人に対し本件物件の中茨木市大字下中条三六九番地の八宅地一〇〇坪五八並びに同地上木造瓦葺二階建病院一棟坪六一坪九四、二階坪五八坪七七(以下本件寄附不動産と称する)その他を提供したこと、昭和二七年四月一日法律第五五号により相続税法が改正され、同年一月一日にさかのぼつて医療法人に対して相続税が賦課されることになつたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。被告が前記の滞納処分をしたのは次の理由に基くものである。すなわち、河合会は昭和二九年六月三〇日解散するに当つて同年六月一三日開催された理事会の解散決議に基きその残余財産である本件寄附不動産等を原告に引渡し、原告が現にこれを占有使用して医業を営んでいる。ところで、河合会には昭和二九年度分法人税の未納があつたので、被告は徴税のため国税徴収法第四条ノ四により原告所有の本件物件に対して滞納処分をしたものであるから、被告の右処分には違法の点はない。原告は本件寄附行為は要素に錯誤があり無効である旨主張するが、医療法が施行された昭和二三年一〇月二七日以来医療法人に対する寄附行為には相続税を賦課しない取扱であり、原告が本件寄附行為をした昭和二七年一月五日当時においても同様であつたところ、その後既に述べた通り相続税法改正の結果同法第六六条第四項が設けられ昭和二七年一月一日にさかのぼつて医療法人に対して相続税が賦課されることになつたのであるから、河合会に対し相続税が賦課されることは原告が本件寄附行為をした当時においては全く考慮の外であつた。従つて、非課税ということは本件寄附行為の動機にすらなり得なかつたものというべきである。さればこそ、原告は河合会の存続中理事長として河合会の有効な存在を前提として茨木税務署長に対し法人税及び相続税の申告もしたし、納税もしてきたのである。ところが相続税法第六六条第四項の制定の趣旨は医療法人等の一部公益法人に対する相続税等の負担が不当に減少することを防止するにあつたところ、同規定の施行当初に設立された医療法人の大部分が右規定を知らないか又はその趣旨を充分に理解していなかつたため、同規定の適用を受ける形態にあつたので、これら諸般の事情を考慮し、これが救済方法を兼ね、行政上の特別措置として国税庁長官は昭和二九年三月三一日通達を発し、昭和二九年六月三〇日までに解散の認可申請をなし、(1)提供した財産の返還を受けて個人として営業を始めるか(2)出資持分のある社団法人に組織を変更したものについては相続税法第六六条第四項の規定を適用しないこととした。そこで同法の適用を受ける形態にあつた医療法人の大部分は右通達の趣旨に従い社団法人に組織を変更するか、解散して個人営業を始め、相続税の課税を取消されたが、河合会においても、相続税の賦課を欲しなかつたため、右通達に従い前記の解散決議をなし、代表者である原告から昭和二九年六月三〇日大阪府知事に対して解散の認可申請をし、同年八月三一日その認可を受けて解散し同年一一月一六日その登記がなされたのである。右解散は右通達の恩恵に浴するためになされたものであつて、単に形式上解散を装つたに過ぎないものではない。仮に原告において河合会の設立に当り河合会に相続税の賦課があるのに拘らず錯誤により非課税と信じて本件寄附行為をしたとしても、それは単に動機の錯誤であり、しかも表示されていないから、本件寄附行為が無効となるわけはない。

と述べた。

(立証省略)

理由

被告が、解散した医療法人河合会の残余財産の引渡を受けたとして、原告主張の日原告所有の本件物件に対し滞納処分をしたこと、原告がこれを不服として、その主張の日被告に対して審査請求をしたこと、これに対し被告が棄却の決定をし、右決定は原告主張の日原告に送達されたことはいずれも当事者間に争がない。

よつて、被告のした本件滞納処分の適否について判断する。

原告は本件寄附行為は要素に錯誤があるから、本件寄附不動産は原告から河合会に帰属したことがなく、従つて原告において河合会の解散により分配を受けたものではない旨主張するから、考えるに、河合会が昭和二七年三月三一日設立認可のあつた医療法による財団形態の医療法人であること、原告が河合会設立のため昭和二七年一月五日寄附行為により本件物件中の本件寄附不動産を同法人に提供したこと、河合会設立当時医療法人には相続税が賦課されていなかつたこと、その後昭和二七年四月法律第五五号により相続税法が改正され同年一月一日にさかのぼつて医療法人に相続税が賦課されることになつたこと、河合会は金一、八六六、四九〇円の相続税を賦課されることとなつたことはいずれも当事者間に争がない。右の事実関係から推すと、原告は本件寄附行為当時においては医療法人に対しては相続税が賦課されないものと信じて本件寄附行為をしたもので、当時原告において河合会に対して相続税が課せられることを知つていたならば本件寄附行為をしなかつたであろうことがうかがえないことはない(成立に争のない乙第九号証により認められる原告が河合会の代表者としてその相続税の申告をしている事実だけでは右認定を動かす資料とするには足りない。)が、それは右寄附行為をするに至つた動機にすぎないもので、寄附行為の内容をなすものではないし、又前記の通り寄附行為後の法律の改正により相続税を賦課されることになつた事実からすると、原告が寄附行為に当つて右動機を表示したものとは到底考えられないところであるから、この点の原告の主張は理由がない。

そうだとすると、原告の本件寄附行為は有効であるから、本件寄附不動産の所有権は右寄附行為により河合会に一旦帰属したものといわねばならない。

次に、原告の事情変更を理由に本件寄附行為を撤回したから、原告は本件不動産を河合会から返還を受けたものであるとの、主張について考えるに、本件寄附行為後である昭和二七年四月に相続税法が改正され同年一月一日にさかのぼつて医療法人に対して相続税が賦課されることになつたことは前記の通りであるが、国税庁長官は昭和二九年六月三〇日までに解散の認可申請をなし、(1)提供した財産の返還を受けて個人として営業を始めるか(2)出資持分のある社団法人に組織を変更した財団形態の医療法人については相続税法第六六条第四項の規定を適用しない旨の通達をしたとの当事者間に争のない事実からすると、課税を欲しない者は解散する等の方法をとることによつて課税を免れることができたわけであるから(河合会においても現に相続税を課さないことにした更正決定を受けている。)予期に反して課税されることになつた者に対する救済方法は与えられており、本件寄附行為の効果をその侭存続させることが著しく信義に反するものということはできないから、原告の右主張も失当である。

そうして、成立に争の乙第一号証、同第二号証の二、三、同第四号証の一、二によると、河合会は昭和二九年六月一三日開催の理事会において解散決議をし、本件寄附不動産を含むその残余財産全部を提供者である原告に返還することを定め、同年六月三〇日解散の上同年一一月一六日その旨の登記を了したこと(解散並びに登記をしたことについては当事者間に争がない。)が認められ、右の事実に当事者間に争のない、原告が本件物件に対する滞納処分当時から本件寄附不動産を所有していたとの事実を併せ考えると、原告は河合会の解散により右滞納処分のあつた時までに河合会より本件寄附不動産を含むその残余財産全部の引渡を受けていたことが認められる。又成立に争のない甲第二号証、同第四号証の一、二によると河合会には昭和二九年の未納法人税金一、三二七、一〇〇円存在していて、被告は右税金徴収のため本件物件に対して滞納処分をしたことが認められるから、右滞納処分には何等違法の点はない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 中島孝信 芦沢正則)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例